私はこれまで外資系の船会社に20年以上勤めてきました。主にヨーロッパ人と仕事をしてきましたが、北米、中近東、南米の人々とも働いた経験がありますが、この中で1人のアメリカ人の上司と一緒に仕事したことが今でも忘れられません。今回はこのアメリカ人の上司とのエピソードをご紹介します。
日本支社を立て直すためにシカゴ支店長が東京へ送り込まれた
業績が伸びない日本支社に対し、本社から改革を行うとの号令がかかりました。そして、私の所属する日本支社の北米航路の営業部門に、アメリカのシカゴの支店長の着任が決まりました。
アグレッシブなアメリカ人 その名はスチュワート
彼はもともとシカゴで不動産業を営んでいましたが、当時アメリカは不況で不動産業が上手くいかず、たまたま船会社の求人を見つけシカゴ支店に入社した経緯の持ち主です。彼には海運の知識などありませんでしたが、持ち前のアグレッシブな精神でデトロイトの自動車産業に深く食い込むことができました。それゆえ、本社は彼を高く評価し、日本への赴任が決まったようです。
そんなアグレッシブなアメリカ人、名前はスチュワートと言います。やる気満々で東京へやってきたのです。本社はスチュワートに日本の営業部門を立て直させようとしていました。
外国人が初めにぶつかる日本文化の壁 - 社交辞令
その頃、日本の輸出が好調でシカゴやデトロイトに大量の自動車部品関連の貨物が送られていました。日本の自動車産業が急成長し、アメリカの自動車産業を圧倒していった時でした。
外国人上司にはなかなか日本の事業を理解してもらえない・・・
私はスチュワートの部下の営業担当でしたが、着任当初、スチュワートは日本の営業マンは嘘ばかりつくと思っていたようでした。
「君は、本当に顧客のところに行って営業しているのか、なぜ実績が上がらないのか」と、スチュワートは私を責めたてたのです。私が状況を説明しても全く聞く耳を持ってくれません。そして、とうとうスチュワートは我慢ができなくなり、自分でトップセールスをすると言い出しました。
東京、浜松、大阪、神戸と大手客先を巡りました。主に機械メーカーで、アメリカに工場を持ち、日本から大量に貨物を出荷している顧客です。
社交辞令を信じてしまう外国人
日本の機械メーカーの責任者は、とても英語が上手で社交辞令の巧みな人が多く、スチュワートに向かってこう言います。
「あなたの来社に大変感謝しています。今後は貴社の起用を最大限に考えます。」と・・・
客先を回り始めた当初、スチュワートはこの日本的な社交辞令を真に受け、成功だと思ってしまったのです。
この社交辞令は私にとって迷惑な挨拶でした。本当は起用する気もないのに、期待を持たせることを言うのですから!日本のビジネスではよくあることですが、スチュワートはそんな日本のビジネス慣習を知りません。次の週に、スチュワートは私に言いました。
「どうしてあの会社は我々を起用しないのか?我々を起用することを最大限に考えると責任者が言っていたではないか?君はしっかり営業しているのか?」
と営業マンとしての私の資質を疑い責め立てます。
日本人には表と裏がある
スチュワートは日本人の言葉には、表と裏があり、額面通りではないことを知らないのです。スチュワートはアメリカ人としては素直な人間だったのだと思います。ウォール街のニューヨーカーであれば、日本人には社交辞令があることなど、すぐに理解できたかもしれません。しかし、シカゴの小さな個人不動産業出身で海外でのビジネス経験に乏しいスチュワートには、そんなことがわかるはずもありませんでした。
「MOU KARI MAKKA?」「BOCHI BOCHI DENNA」
私はどうすれば、スチュワートに日本の商売のやり方を理解させることができるか悩みました。次の訪問先は、大阪の大きい電機メーカーでしたでしが、今まで通りでは失敗することは目に見えていました。
客先の懐に飛び込む秘策
なんとか成功させることができないか、わたしは真剣に考えました。客先に理解しもらい、地に足の着いた本音で話し合える場を作りたいと思いました。それには、電機メーカーの責任者の胸襟を開かせるきっかけを作ることが必要だと感じました。「そうだ、もしアメリカ人が日本語で話をしたら、ずいぶん心証が良くなるのではないか」、私は、思い切ってスチュワートに提案しました。
「スチュワートさん、日本の責任者に会った時は日本語で挨拶してください!」
彼は、「なぜだ」と言いました。私は、日本で一番商売に厳しい大阪人に、アメリカ流は通用しないことを話しました。彼は一瞬、ムカッとしたかもしれませんが、気を取り直して、「それならどうしたらいいのか?」と私に迫りました。
「大阪に行くなら、大阪流でいかなければなりません。スチュワートさん、この日本語を覚えてください」
同じ目線で仕事するために
私は彼に言いました「儲かりまっか?」。「どういう意味なのか」と彼は聞きます。私は、「How is your business? の意味だ」と説明しました。「OK. MOU KARI MAKKA?」。
次に、相手の責任者が「儲かりまっか?(How is your business?)」と聞いてきたら、「ぼちぼちでんな」 と答えることを教えました。彼は「BOCHI BOCHI DENNAとはどう意味だ」 と聞きます。私は、「So, So という意味です」と答えました。
スチュワートは、「そんなことをしてどんな意味があるのか?」と聞きました。私は、日本人は自分たちと同じ目線で話ができない限り商売はしないだろうと説明しました。日本の商売のやり方を理解しなければ、いつも通り社交辞令で追い返されるだけだと言うと、スチュワートは本当に日本人はそう思っているのかと驚いていました。
いよいよお客さんとの面談の日
そして、大阪の電機メーカーの責任者との面談の日がきました。握手をした後、スチュワートが、突然、口を開きました。
「MOU KARI MAKKA?」
相手の責任者は、驚いた様子でしたが、「Tomorrow is another day(明日は明日の風が吹く)」 と「風と共に去りぬ」の映画の中で使われた言葉で返事をしました。
そして責任者が、「How is your business?(あなたのビジネス上手くいっていますか?)」と聞いてきました。スチュワートは、待っていましたとばかりに「BOCHI BOCHI DENNA」 と答えたのです。
日本人部下の話に耳を傾けた結果
「どこで覚えたの?その日本語を」と責任者は笑いながら話すではありませんか!スチュワートは照れながら、私を指さし、「彼がそう言えと言ったのです」と答えました。すると、そのメーカーの責任者は、「あなたは偉い、日本人の部下の意見を聞いたのですね。日本でビジネスを成功させたかったら、まず日本人を理解することですよ」と言うではありませんか。そして交渉の結果、次の週にはこの電機メーカーとの契約が締結できました。
心を大切にする日本流のビジネス
スチュワートは、初めて日本のビジネスに成功したのです。それはアメリカ流ではありませんでした。
世の中には、「我が社を使うと他社との比較において、これだけメリットがあります」というプレゼンテーションが、多数あります。日本企業もグローバル化を進めてきましたが、日本企業と海外企業の考え方は同一でしょうか?私はそうではないと思います。日本企業には心を大切にする日本流のビジネス慣習がいまだに生きているのです。
日本流のビジネスを理解したスチュワートが、その後、次々とビジネスを成功させていきました。
国籍は違っても強い信頼関係を結ぶことができる
そして、スチュワートと私は強い信頼関係を築くことができました。
なにより嬉しかったのは、スチュワートがシカゴから家族を東京に呼び寄せた時に、私に言った言葉です。
「君の家族と一緒に日本の旅行をしよう!」
スチュワートの家族がシカゴから日本へ来ると、日本のオフィスへ奥さんと二人のかわいい子供が遊びに来ました。私は、子どもたちを抱きしめ、聞きました。
「君たちの名前は?」
「僕はジェリーだよ」、「私はリリーよ」
スチュワートは、目に涙を浮かべていました。
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