カンボジアでぜひ行って欲しい観光スポット!

カンボジアと言えば、国旗にも描かれているアンコールワットを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。あまりにも有名すぎて、アンコールワットは首都のプノンペンにあると思っている人もいるかもしれません。しかし、実は、アンコールワットがあるのはプノンペンではなく、プノンペンからバスで6時間半ほど北へ行ったシェムリアップという街なのです。プノンペンと比べ町は小さく、治安も良いため観光客にはとても優しい街です。また、プノンペンからバスで10から15ドル、飛行機だと20ドルから50ドル前後、お金をかけずに訪れることが可能です。ここでは、そんなアンコール遺跡群についてお話ししたいと思います。

アンコールワット

 アンコールワットはアンコール遺跡群の1部

世界的にもよく知られているアンコールワットは、実はその土地全域にわたって広がっているアンコール遺跡群の1部に過ぎません。また、遺跡群に点在する寺院は年代や宗教も様々です。
アンコールワットは12世紀前半にヒンドゥー教寺院として建てられました。寺院が樹木で侵食されており、大きな木がまるで寺院全体を飲み込んでいるようにも見えるタ・プローム遺跡は、12世紀末に仏教寺院として建立され、後にヒンドゥー教寺院に改修されたものです。また、12世紀後半に仏教寺院として建立されたアンコールトムは、南大門の入り口に左右それぞれ54台の巨人の石像が並べられています。

 見るのに1週間はかかる

そうです、アンコールワットとアンコールトムだけを比べても、建立された年にはおよそ70年から80年の違いがあり、さらにヒンドゥー教と仏教という違いもあるのです。その全ての人を見ようと思ったら1週間はかかるでしょう。
昨年、私はシェムリアップを訪れ、カンボジア人の友人に車で案内してもらったことがあります。なぜならば遺跡群はとても広く、寺院から寺院はとても歩いて行ける距離では無いのです。
先ほど挙げた中のアンコールワットとタ・プローム遺跡も、歩いていけば2時間はかかるでしょう。そのため、私は友人に移動を助けてもらい、寺院の中は1人で観光しました。

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寺院の中

 タ・プローム遺跡

最初はまず、タ・プローム遺跡を訪れました。崩れかけた寺院とそれに侵食する太い樹木を見て言葉を失った瞬間は今でも忘れられません。目の前に広がる光景は、まるでジブリの映画の中のようでした。
回廊に覆い被さるように侵食する樹木、樹齢300〜400年とも言われるその太い樹木と、それでもなお立ち続ける遺跡に迫力を感じずにはいられませんでした。

 アンコールワット

その後に訪れたアンコールワットは、細かく描かれた数多くの壁画に感動しました。第一回廊の壁画は1つの物語になっており、長い絵巻物のように読み進んでいくのです。
アンコールワットには第一回廊から第3回廊まで、3層の回廊が存在します。1番上に位置する第3回廊まで登り、周り全体を見回すと、アンコール遺跡群の広大さに言葉を失うことでしょう。

 第3回廊

しかしその第3回廊は、タイ仏教における特別な日、「仏日」には入ることができません。これは7日から8日に1回ほどの周期でやってくる日で、タイ仏教の信者はこの日にお寺に行き、僧侶に食べ物を与えるのです。特にこの日は仏教の戒律を守るための大切な日とされています。もしも行きたい場合は事前に調べておいた方が良いでしょう。
アンコール遺跡群の入場券は有効期限が1日、3日、7日、の3種類があります。私は時間がなかったため1日の券を購入し観光しました。もし時間があるならば3日ぐらいはあったら良いでしょう。

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キリングフィールドとトゥールスレン

 プノンペンの歴史

私が、ぜひカンボジア、プノンペンに来る人に訪れてもらいたいと思う場所はこの2つ、キリングフィールドとトゥールスレンです。カンボジアという国は、誰もが知る30年前の民主カンプチア時代、ポル・ポト政権によって大量の虐殺が行われた重く暗い過去を持っています。
ポル・ポト政権前、カンボジア王国はとても豊かな国で、東洋のパリとさえ呼ばれていました。しかし30年前、同胞の民によって大量に殺されたのです。その爪痕が残っている場所が他でもないキリングフィールドとトゥールスレンなのです。

 キリングフィールド

キリングフィールドはプノンペンから30分ほどトゥクトゥクで行った場所にあります。名前の通り、大量虐殺が行われた場所です。
人々は同じ国の民によってオノやナタで殺され、赤ちゃんさえも残虐に木に打ち付けられて殺害されました。キリングフィールドの入り口に入るとすぐに見える高い建物には、何百もの犠牲者の頭蓋骨が展示され、路上には時折、当時の人々が着ていた服の切れ端なども残っているほどです。

 トゥールスレン

トゥールスレンはプノンペンの真ん中に位置しており、ホテルやゲストハウスからはとても行きやすい場所にあります。
ここは本来は学校でしたが、ポル・ポト政権時代には人文や拷問、虐殺が行われていました。入った瞬間に重い空気が充満していることがわかり、さらに決して忘れることのできない歴史が刻まれています。実際に虐殺の行われた部屋や、まだ血痕が残っている床もあり、犠牲者の写真があちこちに展示されています。
これら2つの施設を通し、日本語の音声ガイドの機械を借りることもできます。その音声を聴きながら施設内を歩くことができますし、万が一気分が悪くなったときには座れるようなベンチも用意されているのです。

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忘れてはいけない歴史との共存

私はどちらの施設にも1人で行きました。虐殺が行われた部屋は気分が悪くなり全てを見ることができませんでしたが、決して明るい気分になれる場所ではありません。現在の陽気で温厚なカンボジア人の明るい笑顔の裏には、暗い、悲惨な過去が秘められているのです。
もしもこれらの施設に来たら、カンボジアは第二次世界大戦後、日本に対する賠償金請求をいち早く止め、日本を支援してくれた豊かな国であること、そして30年前に起こった悲惨な歴史、さらにこれは決して他人事ではなく、どこにでも起こりうることであるとしっかりと心に受け止めてほしいと思います。
トゥールスレンの近くでは数多くのゲストハウスを初め、食事をする場所やお店が並んでおり、夜になると地元の人たちが敷地内で食事をします。そんな風景を見て、カンボジアの人たちは絶対に忘れてはいけない歴史と共存しているのだと感銘を受けます。

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